研修医の記憶

病院での素敵な出来事を研修医視点で綴ります

ベテラン先生の悩み

とある先生が、救急外来の合間に見せてくれた子供のCT。小さな頭に、絡み合うように何本もドレナージチューブが入っていました。

「この子な、歩けんのよ。」

自由奔放、一匹狼、そんな言葉がぴったりな先生で、怒ると怖いし笑う時は大声で笑う。その先生の滅多に聞かない静かな口調に、私はなんと答えたものか困りました。

「なんで痛い思いをさせたんやろ。」

「お母さんには、その子の代わりはいないからじゃないでしょうか。」

「俺が薄情なんかもしれんけど、俺にはわからん。」

もう一人の子は、さらに小さい頭。その中で脳を押しつぶすような水頭症

「この子も手術しても、たぶん歩けん。でも俺はこのまま死ぬのを見守れとも言えん、手術も強くは勧められん。」

外科医になったら、手術適応は考えろよ、と先生が呟くように言いました。

「子供だけじゃない、大人でも。俺は、術後の2年生存率が上がった下がったで評価する今の考え方は理解ができん。」

そこで救急患者さんの情報が入り、話はそこで終わりました。

 

私が学生の時、その先生が烈火の如く怒りながら、手術室に入って来たことがありました。いつもの怒っている時は違う、地を這うような声で先生が言うには、誰か他の医者に、治らないのがわかっていて何でもかんでも切って、と言われたとのことでした。

表情の消えた顔で手術室のモニターを睨みつける先生の気迫に、当時はただ怖くて距離を置いてしまっていたのですが、きっとあの時、先生の脳裏にはそれまで手術してきた、でも救いきれなかった患者さん達が浮かんでいたのだと思います。感情表現には不器用ながらも、本当に優しく愛情深い先生のこと、この先も患者さんの為に人知れず苦しみながら生きていくのでしょう。